泥のように眠りに落ちていた主人公が目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。
いくら考えを走らせても、自分について何一つ思い出せなかった。記憶が全て無くなっていた。
だが記憶が無くても不安が体を締め付ける事は無かった。
自分というモノに全く興味が無いのだ。
だから、視界に広がる風景にただ流されていくだけだった。
そこへ真紅に染めたシルクハットを目深にかぶり、顔にはネズミの鼻のように先っぽが狭まっているガスマスクを装着した人物が小走りに近寄ってくる。
「お早う御座います御主人様。私、案内人のギィアと申します。以後お見知りおきを……」
くぐもった声がバカ丁寧なお辞儀を終えると、真紅のスーツに付いた埃を払い落としながら淡々と説明をし始めた。
「御主人様には彷徨える魂となった女性達を抱いて頂きたいと思います。御主人様に抱かれる事によって魂が救われるのです」
主人公は投げかけられる言葉を作業的に頭へ流し込んでいると、ギィアは手に持っていた杖で主人公の額を強く小突いてきた。
「はて……ここでご質問はございませんか? 小リスよりも小さな頭のお肉では考えられませんか? ふぅ……仕方ありません。その者達は快楽殺人者と世間で罵られている『カーロ』という人物に殺されているのです」
一言も喋らない主人公を他所に、ギィアは大げさに両手を上げて驚いた振りをすると口早に言葉を吐きかけていく。
「おぉっ! ……いえいえ。ご経験が無くとも問題はございません。御主人様なんかにご経験があるとは私も考えておりません。ご安心下さいませ」
「女性達は御主人様を見てはおりません。死人の瞳は漆黒が支配するものでございます。漆黒に映る御主人様のお姿は、女性達が欲する理想の人物にすり替わっておるのです」
「ですから、その小雨が降り始めたような陰気なお顔も、豆粒よりも小さな背丈も問題はございません。さぁ、女性達の元へご案内致しましょう」
主人公はギィアに腕をしっかりと掴まれるが、振り払う気も起きなかったのでそのまま付いて行く事にした。
こうして、この世ともあの世とも知れない世界の案内人ギィアの言葉に誘われ、主人公は女性達の元へ導かれていく……。
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